食からはじめるヘルシーでハッピーなライフスタイル☆TOSCAのあれこれ

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マクロビオティックの雑誌に記事を掲載させていただく機会があった。
「セカンド・ジェネレーション」ということで、内容は、自由に幼少期の事や、
マクロビオティックにまつわることを・・・。とのこと。
ちょっと長いですが、よろしければ、読んでやってください。ちょっと前に書かせていただいたものです、
そして、修正前のものなので、私の文章のつたなさそのままですが(^-^;)

 人は皆、色々な理由で様々なものを食べて生きています。私たちきょうだいの場合は、ベジタリアンで生まれ育ちました。今になって(今になったから!?)はじめてそのベネフィットを学ぼうとしています。正直、幼い頃は「マクロビオティック」という言葉を聞いたことも、意識したこともないような環境でした。というのも、きっと、マクロビオティックの知恵を実践することを通して理解しようとした両親は、子どもたちにも言葉で伝えることよりも、することで教えてくれたのだと思います。振り返れば、今私が持っている食べものや食べ方、料理の仕方についての価値観は子どもの頃の生活から得たものばかりです。

 私が子どもだった頃、橋本家の食卓にあがるのは、子どもの手には大きすぎる玄米おにぎりや野菜のみそ汁に手作りの漬け物や納豆。納豆はいつも梅干しやキャベツが刻んで混ぜてあった。(大家族だったため、量を増やすためだったのか・・・と後になって思いましたが、今は味がすきだからキャベツを混ぜて食べる私です。)うどんや煮物も野菜にこんにゃくや油揚げ。小麦粉で作る天かすがうどんにのっていると御馳走だったくらい本当にシンプルなものばかりでした。と、ここまで読むと、それは、粗食か貧乏一家の食卓!?とも思えるのですが、調味料に至るまで全て基準を持って選ばれ、毎食、家の台所で料理されたものでした。調味料は「ほんもの」で野菜や穀物は「いのちあるもの」でした。今思えば、なんとまあ、高級なものばかりを口にしてきたのかと思います。利便性や見た目、口先だけの一瞬の美味しさを追求するのとは別の意味での御馳走がそこにはありました。「御馳走」とは、誰かが誰かのために四方八方走り回って心を込めて準備したものという意味です。人が耕して育てた野菜に、時間をかけて作られた生きた調味料。橋本家では毎日が御馳走だった事になります。

 もちろん、6歳や8歳の時にそう思っていたわけではありません。その頃は、何を食べるかなどややこしいことを考えたりするより遊ぶのに必死でしたから。子どもの頃に理解していたことと言えば、皆見た目も性格も違うし、それと同じ様に食べるものも違うというということぐらいでした。私は魚の一本も食べなかったし、牛乳の一滴も飲んだことがなかったけど、友達はお肉も卵も色々食べるけど、私たちはお米(色は違うことがほとんどでしたが)や野菜を食べるのは一緒だ。程度です。それに、子どもの時の食事のルールや決まりごとと言えば、作るのも片付けるのもできることは、皆するのが当たり前。手を合わせることや姿勢を良くして食べることくらいでした。何をどのようにして食べる、何が良くて何が悪い・・・というようなことは、教えてもらった記憶はありません。ただ、感謝して食べるということや大人数で食べる楽しさは常にある環境でした。それに、小さい頃は、台所で野菜を切ったり、クッキーを作ったらり、コロッケを何十個も丸めるのは、とっても楽しい遊びでした。作ること、食べること、楽しむことはいつも1つのことだったように思います。

 そして、からだの事で今になってとても役に立っているのは、自分の身体を注意深く観察することを教えてもらったことです。頭が痛いから、親のところに行き「頭が痛い。」と言うと「どの辺がどんな風に痛いの?」と聞かれました。答えると「どうしてかな?」って・・・!?心の中では、「なんとかして欲しいから頭痛いって言っているのに・・・!!!」と思いながら、必死で質問に答えようと考えたものでした。「痛いのに考えるともっと痛くなってしまうではないか。」「治した後で色々聞いてくれればいいのに・・・。」とも思いながら。でも、流れ的にそれに答えて、理由が分からなければ、この痛みは治せないのだろうと思うと、答えるしかなかった。「う〜ん、頭の左の方かな?どちらかと言えば中の方だけど、前の方かな?」とか、「切って痛い時の痛みじゃなくて、ぶつけた後の痛みに似ていて、でも中から痛いんだ。」とか、必死に自分の痛みを観察した。「そっか、そしたら、もしかしてあれかもね。」「じゃあ、これを飲んでみよう。楽になるかもしれないよ。」というように痛みについてやその理由を話したり、台所で何かを作って飲ませてくれた。

 でも、今考えると、どうしてかなど分かっていただろうに、痛みに苦しむ子どもに尋問とは、なかなかのスパルタ教育だったと思う。でも、そのお陰で体調を崩した時(または、調子が悪くなりそうだと感じた時)は、その理由や対処法を自分で考えたり、実行できるようになった。昔は、家庭の医者は母であり台所であり(あってます?)というのは、本当だと思うけれど、昔の話というのは、私の家ではうそだった。食べることや自分のからだの声を聞くことの大切さ。それを身を持って教えてもらったことにはとても感謝している。


橋本明朱花 Asuka Hashimoto
 
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2013.08.25 / Top↑
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